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【奈良】「大和王家と関わり深い」 ヒエ塚古墳後円部、直径70メートル…邪馬台国の女王「卑弥呼の墓」説ある箸墓古墳と同時代の築造©2ch.net

1 :彈 ★ 転載ダメ©2ch.net:2017/02/18(土) 01:22:53.24 ID:CAP_USER9
後円部北側で出土した葺石。下部の大きな石が基底石で、さらに下に周濠が見つかった(天理市で)
http://www.yomiuri.co.jp/photo/20170216/20170216-OYTNI50055-L.jpg
新たに確認された墳丘の裾を示す基底石と周濠=奈良県天理市萱生町のヒエ塚古墳で、矢追健介撮影
http://cdn.mainichi.jp/vol1/2017/02/17/20170217oog00m010064000p/9.jpg

 天理市萱生(かよう)町の前方後円墳「ヒエ塚古墳」の後円部が、想定より10メートル大きい直径70メートル規模であることが分かり16日、
同市教委が発表した。古墳の全体像の解明につながる成果という。

 ヒエ塚古墳は、邪馬台国(やまたいこく)の女王、卑弥呼(ひみこ)の墓との説もある箸墓(はしはか)古墳(桜井市、全長280メートル)と
ほぼ同じ古墳時代前期前半(3世紀後半〜4世紀初め)の築造。昭和52年と平成14、25年に行われた測量・発掘調査の結果、
全長約130メートル、後円部は直径約60メートルと推定されていた。

 今回市教委が後円部北側で行った調査で、後円の周囲を囲う周濠(幅約5・8メートル、深さ約50センチ)と墳丘を飾る葺石を確認。
これらの位置から、後円部は想定より大きい直径70メートル規模であることが分かった。

 市教委文化財課の村下博美主任主事(28)は、
「築造時期や規模から、大和王家との関わりが深いことは間違いない。本来の大きさの解明に向けて引き続き調査を進めたい」と話した。

 19日午後1時半から、現地説明会が行われる。問い合わせは、市教委文化財課。

http://www.sankei.com/region/news/170217/rgn1702170060-n1.html

 ◇天理 後円部 想定より10メートル大きく

 天理市萱生町の前方後円墳・ヒエ塚古墳(3世紀後半〜4世紀初め)で、後円部北側の周濠を確認したと、天理市教委が16日発表した。
後円部の大きさが、外観から想定されていたよりも10メートル大きい直径70メートルになりそうだという。

 同古墳は全長約130メートルとされてきたが、正確にはわかっていない。
古墳時代前期の前方後円墳が集中する大和古墳群の一つで、ヤマト王権を支えた有力者の墓と想定されている。
史跡指定を目指すため、1月中旬から古墳の範囲などについて調査を進めていた。

 墳丘の外側を発掘したところ、幅5・8メートル、深さ50センチの周濠を発見。
2014年には後円部南側でも確認されており、古墳を取り囲んでいたことがわかった。
周濠と墳丘との境目には、墳丘の裾部分を示す基底石(最大で幅約50センチ)が横並びに据えられているのが見つかり、
さらに上部には墳丘の葺石があった。埴輪は出土しなかった。

 村下博美・市教委文化財課主任主事は「当初の形状がわかる成果」と話した。
現地説明会は19日午後1時半から。付近に駐車場はない。問い合わせは同課へ。

http://www.yomiuri.co.jp/local/nara/news/20170216-OYTNT50311.html

 天理市萱生町の前方後円墳「ヒエ塚古墳」の発掘調査で、後円部の墳丘の裾を示す基底石や周濠が確認された。
市教委が16日に発表した。後円部の直径は従来の想定より約10メートル大きく、70メートル程度だった可能性が高いという。

 市教委は史跡指定を目指す調査の一環で、1月から後円部北側で幅約2メートル、長さ約30メートルの範囲を発掘。
墳丘は後世の耕作などで削られているが、基底石(最大約50センチ)が数個並び、墳丘斜面に拳大の石を積んだ様子が確認できた。
墳丘を囲む幅約5・8メートル、深さ約50センチの周濠も見つかった。

 同古墳は1977年に測量され、全長約130メートル、後円部直径は約60メートルと推定されてきたが、
今回の調査で後円部は一回り大きいことが判明。周濠の底で出土した土器の形式、
埴輪(はにわ)が見つからないことなどから古墳時代前期前半(3世紀後半〜4世紀前半)の築造とみられる。
市教委は「ヤマト王権の有力者の墓である可能性がある」としている。

 現地説明会が19日午後1時半〜3時半に開かれる。駐車場はない。【矢追健介】

http://mainichi.jp/articles/20170217/ddl/k29/040/555000c

2 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 01:24:34.61 ID:a/h6b0XQ0
どう考えても日本の中心を決めようってときに外海からの侵略で一瞬で滅ぼされるような立地にはしないだろうしな

3 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 01:24:38.63 ID:8VlE9zif0
>>1
こんなスレよりも立てるスレがあるだろうが

安倍晋三記念小学校 とりあえず貼っときます

https://pbs.twimg.com/media/C4nuHucVUAA2YS8.jpg
https://pbs.twimg.com/media/C4nuHucVUAA2YS8.jpg
https://pbs.twimg.com/media/C4nuHucVUAA2YS8.jpg
https://pbs.twimg.com/media/C4nuHucVUAA2YS8.jpg
https://pbs.twimg.com/media/C4nuHucVUAA2YS8.jpg

4 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 01:26:33.83 ID:BzGPgYW/0
埴輪が見つからないということは・・・

5 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 01:27:20.81 ID:uoAzItSA0
>>4
はにゃっ!?

6 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 01:28:03.38 ID:cpr0kMQ60
銅鐸民族の悲劇: 戦慄の古墳時代を読む 単行本 ? 2010/12/27
臼田 篤伸 (著)

巨大古墳の出現と時を合わせて銅鐸文化は消滅した。天孫族の九州から大和への侵出は“神武東征”に
象徴された“民族戦争”であり、敗者である銅鐸民族は奴隷として強制労働に駆り立てられ、巨大古墳作りの
労働力とされた
巨大古墳群は被征服民族・銅鐸民族の奴隷労働の結果であり、そこは同時に古代日本版「収容所群島」だった
古墳時代“消耗システム論”を立証した異色の書。

それまで、日本の有名大学の古代史専門家による縄文→弥生→古墳時代への“平和的、友好的、自然的”
発展変化という‘上品で理想的’な皇室尊重的な伝統史学を徹ッ底的に破壊、否定、駁論する内容である。
まぁハッキリ言ってよく言ったと思う。自分も伝応神・仁徳天皇陵を何度か訪れたが、アレをブルドーザーや
トラックもない古代に、粗末な鍬や鋤だけで作れと言うのだから、命令する人はどれ程の「仁」と「徳」が
備わっているか推して知るべしである。しかも、前方後円墳だけで大中小合わせれば日本全国に5000基
(円墳含めると20万)あるといわれるので、古代の大和朝廷なるものがどれ程「博愛的」であったかは、
著者ならずとも推して知るべきである。エジプトのピラミッドもそうだが、あんなものを単なる失業対策で
‘嬉々として’積み上げるバカが何処にいると言うのか?最近流行の人道主義的歴史学者は、一度、自分で
その石を背中に積んで頂上まで登ってみろと言いたい。

7 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 01:28:36.93 ID:ssCuWEVQ0
はっきり言ってDQNネームは早死にのサイン

8 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 01:30:38.51 ID:Dw9Dj3qe0
そもそも村下博美主任主事が語ってる「大和王家」って誰がどう定義した用語だよ。

9 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 01:32:37.72 ID:GfwqvtL30
>邪馬台国(やまたいこく)の女王、卑弥呼

いつまでバカの一つ覚えの資料原理主義でこんな妙な漢字あててんの?
専門バカって死ぬまでバカなんだろうな

10 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 01:35:13.27 ID:TUSfT0sj0
これもどうせ西と東の学閥対決なんだろ
文系の研究者モドキは暇そうだな
仮にも研究者ならメンツじゃなくて真実を追えよ

11 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 01:36:52.36 ID:L3NChh8B0
>>8
ヤマト王権の誤植だろ。

12 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 01:37:02.27 ID:F58wGuJ/0
>>8
「天皇家」と表現すると、まだ「天皇」という称号が無くて
「大王」(おおきみ)と呼称してた時代には不適切だから

「大王家」でも良いけど、多分、今の天皇家の祖先の大王家以外にも
そこらへんに、「王」(きみ)を名乗る豪族も結構いて、互いに覇権を争ってて
まだ、「大和の大王」が全国統一してない状況では、「唯一絶対の大王」とまで言えないんで
「大和王権」とか「大和王朝」「大和朝廷」と呼ぶべきってことになるんじゃね?

13 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 01:37:53.38 ID:fJXqOOgD0
邪馬台国=ヤマト国

ついに決着

14 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 01:39:10.91 ID:WxGXJONM0
>>6
神様がすべての昔の人の感覚を現代人の感覚でとらえようとする方がおかしい

15 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 01:43:05.08 ID:6yWgjz5R0
韓国系の証拠が出ちゃうとネトウヨ的にはまずいよね?

16 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 01:44:21.04 ID:T2nofdOj0
九州が文献あさって僕が考えた最強の邪馬台国のロマン語ってる間に
関西では学問としての証拠がザクザク発掘されていく…

17 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 01:47:05.48 ID:YQb4e85v0
その時代に卑弥呼以上の女王がいてもおかしくない ただ文献が無いだけ

18 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 02:13:17.95 ID:MooYmmz60
箸墓古墳と同じくらいならダメでしょ
もう少し古くないと卑弥呼の墓にするのは

それに大和古墳群に
卑弥呼の墓があるとも思えないし

そもそも邪馬台国は阿波(´・ω・`)

19 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 02:13:51.63 ID:1Lt4GGlLO
シナのギシワジンデンにしか出てこない卑弥呼なんかいねぇよ。だれが自分の名前にワザワザ卑しい名前付けるかよ。ましてギシワジンデンたどれば、海に出るんだぜ。海に邪馬台国ある?

20 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 02:23:25.70 ID:Dw9Dj3qe0
>>19 海に出るんだぜ
中国人に対する信用度によって色々変わってくる。

21 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 02:31:56.27 ID:pakc9RLD0
3世紀の終わり頃までは邪馬台国を盟主とした緩やかな連合体だったけど、そこから倭の五王の時代にかけて大王(天皇)を中心とし中央集権的な統一国家に移行していったんだっけ?

22 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 02:44:29.12 ID:MooYmmz60
コンピラ船々追い手に
帆かけてシュラシュシュシュ♪

回れば 四国はさんしゅう 那珂の郡
ぞうずさん 金毘羅大権現♪一度回れば♪

この海上交通の守り神として信仰され
大物主命を祀る金刀比羅宮
実は金毘羅はワニだったりする

そもそもはヒンドゥー教の
ガンジス川を司る女神ガンガーが
ガンジス川を渡る時の鰐を神格化した水神が
仏教に取り入れられ金毘羅王となり
うどん県で金毘羅大権現として信仰さされてきた

そう金毘羅とはワニなんです(´・ω・`)

23 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 02:47:37.81 ID:2GOCKpr70
奈良=韓国=電通

24 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 02:51:08.78 ID:WDvFPU2F0
>>4
そういうことやね....

25 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 02:55:15.33 ID:vkw3POsXO
>>8
初めて目にしたから考古学の専門用語になってるのかと思った
普通はヤマト王権、大和朝廷だよね

26 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 02:58:41.70 ID:0ChkMZQp0
>>1
スレタイにも記事にも県名なしかよ
どこだかわからんだろ

27 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 03:00:23.32 ID:0ChkMZQp0
>>1
ゴメン、【奈良】って書いてあったわ
てか隅っこに書くなよ
書くなら堂々と真ん中に書け
そのうち剥奪するぞ

28 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 03:00:36.27 ID:OXv3yRZq0
これはひょっとすると崇神さんかな

29 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 03:03:26.12 ID:MooYmmz60
大国主の国づくりを説明する
一連のエピソードとして
因幡の白兎の話しがある

サメになってたりもするけど
本来、登場するのはワニ(和邇)ですよね

では、神武天皇の国づくりのエピソードとして
神武天皇のお爺ちゃんの
山幸彦と海幸彦という話しがある

登場する豊玉姫は龍とも書かれてるけど
八尋和邇で海神はワニですよね一族なんだから

四国に海の神のワニがいるんです(´・ω・`)

30 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 03:03:31.87 ID:hfuFvQBUO
>>27
おじいちゃん、落ち着いて(´・ω・`)

31 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 03:09:29.17 ID:riHJx6GW0
写真のおねいさんは磨けば光るタイプ

32 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 03:13:23.36 ID:g01t5y++0
邪馬台国はよって奈良じゃ。

33 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 03:16:37.82 ID:JibvFc/p0
だ、大和王家…

34 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 03:26:39.96 ID:XApETEim0
邪馬台国=奈良
そりゃそうだろ ヤマタイ ヤマト だもん

35 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 03:27:12.09 ID:MooYmmz60
そもそもワニは女神ガンガーの乗り物
その川を渡る乗り物が金刀比羅宮として香川にある
では、女神はドコにいるのか?女神とは誰なのか?

国産みで登場する女神は
ミカン県の愛比売と、スダチ県の大宜都比売の
二人しか存在しないどちらも四国の国御霊

そもそも四国は国産みでは伊予之二名島と言う
伊と予のどちらがスダチでどちらかミカンかは
紀伊水道、豊予海峡からもお分かりですよね

っか、大分はブンなのかホウなのか
トヨなのかハッキリするべきよ

なんでホウヨ海峡なんだ?
コロコロ読み方変えて詐欺師か(´・ω・`)

36 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 03:31:24.00 ID:jy3fzzha0
>市教委文化財課の村下博美主任主事(28)

(28)って年齢だよなあ
必要な情報か?

37 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 03:56:40.15 ID:PaCZZb0S0
>>3
ありがとう、さっそくNGにしといたわ

38 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 05:07:48.76 ID:kHKcna0L0
>>6
大規模開墾して出た土を
古墳に利用したと思うよ。

わざわざ古墳作るだけのために
誰が協力するよ。

39 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 05:18:54.45 ID:MooYmmz60
卑弥呼の時代の最後頃から
古墳時代が始まるのに

卑弥呼の墓が
そんなに大きな訳がないのよ

それに奈良の古墳は
阿波の水銀朱を使ってても
中国の水銀朱は出てきてないのよ

そもそも魏と交易してた証拠が
奈良から出てないでしょ

邪馬台国は魏と交易して
魏志倭人伝に登場するのよ(´・ω・`)

40 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 05:29:23.01 ID:kQHxdytb0
宮内庁管理の古墳を根こそぎ発掘調査すれば卑弥呼の謎が分かるわ
まあ日本の歴史が変わってしまうだろうがそんな日が来て欲しい

41 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 05:30:26.10 ID:MooYmmz60
神の国で神州日本よ伊勢神宮見たら分かるでしょ
大神主の度会氏の祖先は天日鷲命だぞ

天日鷲命は紛れもない阿波忌部よ
阿波忌部氏が天照大御神を祀ってるのよ

そろそろ歴史をややこしくしないで
素直に考えようよ

邪馬台国は阿波だと(´・ω・`)

42 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 05:39:10.68 ID:MooYmmz60
伊勢神宮には豊受大神もいるのよ
卑弥呼の後を継いだのはトヨよ
だったら天照=卑弥呼でしょ

それでその卑弥呼を
阿波忌部氏の子孫の
度会氏が祀ってるのよ
もう答え出てるでしょ

邪馬台国は阿波だと(´・ω・`)

43 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 05:46:47.85 ID:EHQVufYL0
しかし、記紀に記述されてる人物の誰に当たるんだろうな?

やっぱ神功皇后?

44 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 05:48:13.98 ID:MooYmmz60
古代の海洋氏族といえば海部氏でしょ
この諸国の津々浦々に住む海部の長官たちが
阿曇とか安曇と呼ばれるんだから

その海部氏の本拠地は阿波海部でしょ
なんで素直に歴史を見れないのかな

邪馬台国は阿波だと(´・ω・`)

45 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 05:51:36.11 ID:MooYmmz60
>>43
卑弥呼は独身のおばちゃん

神功皇后は皇后で
応神天皇の母なんだから
ありえないでしょ(´・ω・`)

46 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 06:43:17.67 ID:uV1tgz8Y0
>>19ひめみこやったんやろうなあ←天才
姫御子

47 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 06:46:49.24 ID:uV1tgz8Y0
つまり女かと思うような少年だったわけだ

48 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 06:58:12.89 ID:uV1tgz8Y0
卑弥呼って男の子だったんだろうけどさ、
その伝統が九州に残ったわけ

南九州地方には「トッノカン」というお祭りがありますが、主役となるのは十四歳くらいの少年たちです。トッノカンは「時の神様」という意味で、家々を回る神性を宿した少年たちは、慇懃な接待を受け、時には豊作を願って拝まれることもありました。
なぜ男の子をトッノカンと呼ぶのかというと、大人はただの人間だが、子供はカンサア(神様)だからだそうです。

49 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 07:03:12.26 ID:i592WRkv0
>>45
神功皇后はともかくとして
未亡人とか離別とかもあんでは?
あくまで夫と子供は居ないだろ?

50 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 07:03:13.06 ID:F80ZVSlC0
>>43
卑弥呼=天照大神 説
が最も納得できる。

51 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 07:14:41.19 ID:v+ev6OpT0
戦国時代とかなり被るよね
倭国大乱で北部九州から奈良に遷都
有力者が何人かいてもおかしくない

52 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 07:16:10.67 ID:zpju+O4G0
邪馬台国の場所について、いつになったら結論でるんだよ

53 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 07:17:56.90 ID:uV1tgz8Y0
これが卑弥呼

「薩摩見聞記」。明治22(1889)年から3年間、教員として赴任した旧長岡藩士・本富(ほんぶ)安四郎が書いたもの。
そのなかで、明治中期の薩摩人の風俗として「美少年の事」が書かれている。
 「美少年の事は是れ封建時代の蛮風」としながら、美少年の稚児が振り袖を着せられて二才(にせ)たちに護衛され、彼のために二才たちが日中は日傘を差し、夜は寝ずの番をするさまが描かれている。

54 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 07:20:54.14 ID:MooYmmz60
>>51
最初の天下人、三好長慶ですね
阿波国から摂津国に移動してます(´・ω・`)

55 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 07:21:22.15 ID:PWBT+0eM0
そうなの


http://gojyukyu.zombie.jp/f/8bidirjp

56 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 07:22:46.53 ID:MooYmmz60
>>52
邪馬台国は阿波で答えは出てるんだけど
大和と土蜘蛛が納得しないのよ(´・ω・`)

57 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 07:31:14.68 ID:WnXc3PDH0
関東東北勢 「もうどこでもいいよ興味もねーし」

58 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 07:42:33.33 ID:MooYmmz60
>>57
日本人で興味ない人はいないと思うけどね
自国の歴史なんだから

群馬とか埼玉、千葉あたりは古墳も多いし(´・ω・`)

59 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 07:43:11.08 ID:uV1tgz8Y0
卑弥呼様!
「稚児様は…郷中の名門の嫡男で12〜13歳の特に美貌の少年2名を選んで美服を着せ薄化粧させ、稚児様を集会の中心として尊敬し、それに奉仕することをもって各種行事の中心とした。」戦さには稚児様を先頭に戦士団として戦場へ赴いた(天草の乱などでの記録がある)。

60 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 07:44:27.08 ID:LFCI5SjH0
>>42
トヨって台与じゃん
邪馬台国の台たいをトに変えるとヤマト国じゃんと言ってた人がいた

61 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 07:44:39.18 ID:fkXc0XMF0
近畿説はとっくの昔に消えたよ。
近畿説はSTAP細胞見たいなもん。

62 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 07:46:12.81 ID:fkXc0XMF0
阿波の人はよくいるかき混ぜたい人ね。
もう近畿説が消えて九州しか無くなったから泣いてるんだよ。

63 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 07:49:01.42 ID:fkXc0XMF0
>>57

こういう人も同じ。
元々近畿説がかき混ぜしたい人たちだったからね。
学問はそっちのけで。
本丸が消えたから今度は「どうでもいい」って言いだしたw

64 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 07:49:23.68 ID:uV1tgz8Y0
>>53
これが卑弥呼の実態でしょう
姫若子

65 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 07:51:01.65 ID:fkXc0XMF0
もう近畿説の中の人は「ここは誰?私は何処?」状態。
何もそこまで敗走やらかさなくてもねえ。
敗走で議論したことにするとかw

66 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 07:58:57.39 ID:P0MfgWu9O
卑弥呼が天照大神だろ

67 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 07:59:21.39 ID:uV1tgz8Y0
卑弥呼様(゚∀゚)
http://img01.kyo2.jp/usr/zunzun2/%E5%BE%A1%E5%8D%83%E5%BA%A6_3.jpg

68 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 08:02:26.30 ID:uV1tgz8Y0
ヒミコ様(゚∀゚)
http://kyoto-tabiya.com/wp-content/uploads/d7c88be5e9639e8d22da70f4130d7c13.jpg

69 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 08:07:06.45 ID:uV1tgz8Y0
姫神子様( ゚∀゚)人(゚∀゚ )
http://www.tokudi-kankou.jp/place/046/dance001.jpg

70 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 08:08:54.72 ID:Rb2XMav70
"磐井の乱"のイワイって
やはり王だったんだよな

71 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 08:09:02.65 ID:dROuOJRw0
今時、中国の古文書を信じるとかないわー
捏造って考えた方が自然、卑弥呼なんてそもそもいないからw

72 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 08:12:19.60 ID:RbYZsBdC0
>>29
昔にいわれるワニ(和邇)は今のサメの事

73 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 08:12:22.42 ID:n0/3jcxp0
初期の葺石は丸いねえ

74 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 08:12:41.75 ID:eLnPunZT0
もう邪馬台国は畿内で決まりだね

75 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 08:24:19.41 ID:uV1tgz8Y0
中国ではそもそも、教授のことを魏代には博士祭酒と呼んだ。祭酒の下に位置する鬼卒も
「鬼道を学ぶ学卒」という程度の意味である。

76 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 08:27:44.62 ID:uV1tgz8Y0
卑弥呼の鬼道については、天師道の創始者・張陵と同じく「衆を惑わす」と書かれたことや、張陵の後継者たる張魯と同じく「鬼道」と書かれたこと。鏡と剣を神宝とする一方で二者を重要な呪具とする様式がそのまま伝わっている事実からみて、天師道だったものと断定できる。

77 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 08:29:49.83 ID:uV1tgz8Y0
>>76卑弥呼はまさかの五斗米道!?
歴史の新事実!

78 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 08:31:08.04 ID:zc0PAxLE0
九州みたいな日本の汚物にはないよなあ……

79 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 08:34:28.35 ID:SrYmrEPf0
天理とか桜井とか今ではクソ田舎なんだけどな
逆に田舎だから古墳が残ってたのかも知れんが

80 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 08:42:46.72 ID:Fg5T31F60
あのへんは初期の130m級の古墳がたくさんあるんだよな。
盗掘されてるから出てくるものが少ないのが残念だけど。
西殿塚古墳を守るようにいっぱいある。
中には集落のお墓になってるのもあるけどな。
使い方としては正しい気がする。

81 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 08:43:56.68 ID:uV1tgz8Y0
黄老学、医療と医薬の神の知識と学問とを、老子が自らの思想にとり込んで体系化した森羅万象の学問である。これが後漢代になると、張陵という人物によって『道書』として集大成され、天師道の教義として開花することになる。

82 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 08:44:35.78 ID:uV1tgz8Y0
張陵は蜀の鵠鳴山中にこもって道学を極め、初めて道を体系化して書物にした、実態は仙人のような人物だったといわれている。
 彼の興した天師道は膨大な学問大系ともいえるのだが、時代のニーズもあって、符呪祈祷を窓口とした民衆教化と医療祈祷を行ない、体制側の歴史書には「百姓(民衆)を惑わした」

83 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 08:45:52.31 ID:L2GFc4oJ0
記紀で卑弥呼にあたる人物として、神功皇后に負けた土蜘蛛―田油津媛という説もあるな。
または、その後継者。

84 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 08:47:29.12 ID:fUwKI4lm0
九州説ともう無くなってるやん

85 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 08:50:10.63 ID:MooYmmz60
>>62
いや俺そもそもは九州の久留米説だし
どうやって九州説も矛盾するから
阿波説に乗り変えたけど

奈良は大和の発祥地だから眼中になかったし
探してるのは邪馬台国だから(´・ω・`)

86 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 08:50:22.94 ID:i592WRkv0
>>84
スレが荒れるから
サヨク共産党と一緒で高齢化が避けられないから
もうすぐ消える

87 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 08:51:23.59 ID:uV1tgz8Y0
>>82
まさかの、まさかの五斗米道と卑弥呼との関係
天皇以前の教えはこれか!?
ここまで解き明かしていいのか!?

88 :◆HKZsYRUkck :2017/02/18(土) 08:52:01.25 ID:cdmIYU770
>>73, >>79
奈良平野の南の方って、石が好きだよね。
大宮にかかる枕詞「百敷の」も、石畳を敷き詰めたさまだし。

89 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 08:52:49.45 ID:zXPfyDd30
箸墓を発掘すれば何かわかると思う

宮内庁が許可しないだろうけど

90 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 08:54:33.95 ID:e5/RvFIc0
ときどき騒がれる割には邪馬台国の時代って
さっぱり人気がないよね
この時代を扱ったドラマなんて殆ど無いし誰も見ない
沖縄の歴史と一緒でさっぱり魅力がない

91 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 08:55:07.64 ID:Fg5T31F60
あの一帯は「墓地」だわ。
大小さまざまな初期の古墳がある。
崇神陵が「山邊道勾岡上陵」なんだけど、近くに今も「まがりだ」って地名がある。

日本の初期国家黎明期の有力者たちの墓。
壊さずに残してくれてた天理市民に感謝だわ。

92 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 08:57:31.39 ID:yq9+UWOt0
諸星大二郎の漫画で読んだわ

93 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 09:02:47.83 ID:aIaO3hCN0
ヒェッ・・・

94 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 09:11:13.01 ID:j4HFVd4E0
皇室のことを「王」家と呼んで格下げしようという魂胆が見え見えだ。

皇室は天から降臨された神の血を引く血筋。自然発生した泥人形のような土民と同じ血を引くとでもいう気か。

95 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 09:11:31.87 ID:MooYmmz60
>>91
これからバイパス通すのに壊すけどね
奈良はリニアとかも控えてるし

だから発掘が進んでると言うのもあるけど(´・ω・`)

96 :通りすがりの一言主:2017/02/18(土) 09:23:01.30 ID:qb/npnz70
>>19
沖縄周辺の海底遺跡って説もある。

97 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 09:23:32.77 ID:xH9QL3cw0
物的証拠による証明など無意味で、明治以降の国粋主義教育に合致する邪馬台国畿内説を唱えることが
国民として正しいということ。

98 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 09:30:53.87 ID:b4MBHRTw0
古代韓国人が日本を支配していた決定的な証拠だ。

99 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 09:32:24.96 ID:zCylh2r10
>>97
それなら神武東征を支持しなければならない

100 :名無しさん@1周年:2017/02/18(土) 09:37:41.03 ID:h/DkS6VR0
>>98
半島南部は大和が支配

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